オクター(4頭目の盲導犬)

4.オクター

正式に4頭目の盲導犬を迎える前に、何頭かの候補犬と歩かせてもらう機会がありました。最終的に私のパートナーとなったのが「オクター」です。共同訓練を担当してくれたのは、3頭目ユニスのときと同じK訓練士でした。以前と同じ訓練士ということもあり、私の希望を率直に伝え、それを受け止めてもらうことができました。

ひとつ目のお願いは、「ハーネスを右手で持って歩くこと」でした。多くの盲導犬協会では、左手でハーネスを持ち、左側を歩くスタイルが一般的です。ですが、集団で右側通行をする際、私と盲導犬のペアだけが逆の左側を歩かなければならず、不便を感じる場面が多くありました。人の腕を借りたり、リードだけで歩くこともあります。そこで、オクターには右側歩行のトレーニングをしてもらい、実際に試してみました。オクターは左手持ちと同様に上手に歩いてくれましたが、30年近く左手で歩いてきた私の体の動きは簡単に切り替えることができず、最終的にはこの方法はあきらめました。

正式な共同訓練に入る前に、私の方で訓練プログラムを作成し、それに沿って訓練士にサポートしてもらうことにしました。オクターと一緒に歩くであろうルートを選び、バスや地下鉄、人込みの中、横断歩道の通過なども含めて、段階的に目標を設定していきました。オクターの動きは落ち着いていて、「この犬は盲導犬らしいな」と感じさせる確かさがありました。

もうひとつお願いしたのが、「フェッチ(落とした物を拾って持ってくる)」という動作です。盲導犬は本来、歩行を補助するガイドドッグですが、私としては「目を提供してくれる犬」であってほしいという願いがありました。道や床に物を落としたとき、周囲に誰もいないととても困ります。フェッチは標準の訓練プログラムには含まれていないとのことでしたが、ぜひ取り入れてほしいとお願いしました。あるとき、路上に落とした折りたたみ傘をオクターがくわえて持ってきてくれたときは、とても感動しました。

オクターが引退を間近にしたころ、私は囲碁を始めました。ひとりで学んでいるとき、碁石を床に落としてしまうことがあります。四つ這いになって探してもなかなか見つかりません。試しにオクターに頼んでみたところ、誤って飲み込むこともなく、石をそっと手のひらに置いてくれたのです。そのときは「グーッド、グーッド!」と、何度も頭をなでて褒めたことを覚えています。

ちなみに、視覚障がい者が使う碁盤は、はめ込み式になっていて、黒石の頭には突起があり、触って黒白の判別ができるようになっています。

電車やバスに乗ったとき、オクターの30kg近い体が床に寝そべると、かなりのスペースを取ってしまいます。そんなとき、オクターは私の足元に座り、あごを膝の上にのせて待機してくれました。見た目にも愛らしく、周囲の人にもよい印象を与えていたと思います。混雑時に犬をどのように配置するかは悩ましい課題ですが、座席を譲ってもらえると、私自身が座れるという以上に、犬をしっかり確保できるという点で非常に助かりました。

オクターと歩き始めたころ、私はすでに退職しており、自由な時間もできていました。歩いて30分ほどかかる公共図書館に通い、対面朗読をお願いすることにしました。朗読室はありましたが、当時は物置になっていました。そこで、読み手のボランティアを募集する掲示をしてもらい、月2回朗読を受けられるようになりました。途中の道は車の往来も少なく、離合がやっとの細い道ですが、白杖では考えられなかったチャレンジでした。オクターは私の左側にぴたりと寄り添い、動きを止めてくれるので、安心して歩くことができました。

数年間、図書館通いを続けましたが、10歳が近づくと、特に夏場には息を切らしてつらそうにすることが増えてきました。

オクターが初めて我が家にやってきたのは、1歳半のころです。そして2021年の秋、盲導犬としての役割を終え、リタイアボランティアの方に余生を託しました。

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