関西盲導犬協会・盲導犬ユーザーの会(つつじの会)

1.はじめに

関西盲導犬協会が設立されて10数年。盲導犬の育成からユーザーとの共同訓練までを一貫して担い、協会の事業を支えてこられたT訓練士が、諸事情により退職され、オーストラリアへ新たな職場を求めて旅立たれることになりました。

私たち京都在住の盲導犬ユーザー3名で「お別れ会」を企画し、T氏のもとで訓練を受けたユーザーにご案内を差し上げたところ、ほとんどの方から参加の返事をいただきました。

当日、会場は満席となり、ユーザー一人ひとりからT氏への感謝の言葉、T氏ご夫妻からは個々の訓練時のエピソードが語られ、人と人とのつながり、信頼関係の深さを改めて実感する、あたたかな時間となりました。

この別れの場を通じて、私たちはある大切な気づきを得ました。それは、「ユーザーは盲導犬を貸与されるだけの受け身の存在ではなく、ともに考え、ともに支え合っていく主体的な存在であるべきだ」ということです。

今後、若い職員を中心に事業が継続していく中で、ユーザー自身も責任あるパートナーとして、盲導犬事業に積極的に関わっていく必要性を強く感じました。

こうした思いから、関西盲導犬協会と連携し、ユーザー同士も支え合える場として「関西盲導犬ユーザーの会」を立ち上げることにしました。

事業者、訓練センター、ユーザーの三者が対等な立場で意見を交わし、ともに支え合う盲導犬事業のあり方を目指して活動を始めることにしました。

2.会の発足

1996年5月、関西盲導犬協会・盲導犬ユーザーの会(略称「つつじの会」)の初めての総会が、亀岡の訓練センターで開催されました。略称「つつじの会」は、亀岡に咲く花「つつじ」にちなんで名付けられました。

発会式では、関西盲導犬協会のK初代会長から、「これまでにも2度ユーザーの会が立ち上がったが、訓練所との間で不平・不満をぶつけ合うような形になってしまった経緯がある。今回は、協会と協力し合える会であってほしい」との言葉がありました。

総会では、「同窓会のような集まりであれば、有志という言葉は必要ないのでは?」という意見も出されましたが、準備会としては「一人ひとりのユーザーが自らの意思で入会する会にしたい」という願いから、「有志の集まり」と位置づけた経緯があります。

つつじの会は、盲導犬による歩行の自由の拡充、市民への理解と啓発、そして会員同士の親睦を目的として活動をスタートしました。

会報『good・good』第1号では、「自発的な意志で会員となることで、これまで“与えられた環境”の中でしか行動の自由を保障されなかった視覚障がい者が、今後は盲導犬を介して、自らの意思でより良い環境整備を目指していきたい」との抱負が語られています。

そのための具体策として、訓練センター職員との学び合いや、より質の高い盲導犬の育成・歩行訓練技術の向上、市民への啓発の実践として、「盲導犬を市民にどう理解してもらうか」をテーマに、初回の研修会も開催されました。

私は、盲導犬を「歩行の手段」としてしっかり位置づけて活動していきたいと考えていましたが、役員会での話し合いのなかで、「楽しく歩いてくれる犬と一緒に生きていけることが“しあわせ”」という声に触れ、盲導犬ユーザーの思いや生き方も広く伝えていく必要があることを痛感しました。

準備会員の一人であるMさんは、会報第2号で「この情報誌は、正会員にも賛助会員にも原稿を書いてもらい、読んでもらいたい。立場を超えて“犬の一生に関わる者同士”としての絆を元に、対等な関係を築いていくことこそ、盲導犬が働きやすい社会=真に障がい者が社会参加できる社会につながるのではないか」と述べています。

また、10周年記念文集では、賛助会員のIさんが「補助犬法はできたが、盲導犬の世界が画期的に変わったとは思えない。盲導犬の質・量、市民の意識についてもユーザーには不満があるはず。今の社会では、製品やサービスを提供する側が、使用者=顧客をもっとも重視している。会員の皆さんが結束し、強い絆を持って社会に声を届ける会になっていってほしい」とエールを送ってくださいました。

3.実践活動を通して

協会との関係と姿勢

会発足1年目、協会主催のチャリティーショーにおいて、協会会長から「寄付集めに協力してもらっている。ショーの冒頭に盲導犬たちを舞台に並べて紹介したい」との申し出がありました。

これに対し、私は「盲導犬は見世物ではありません」と強く反対しました。役員間でも「希望する人だけが舞台に上がればよいが、会として協力することはできない」との方針となり、当日は舞台上に2~3名、玄関口にも数名がそれぞれの判断で対応しました。

訓練センターとの関わり

訓練センターでは定期的に見学会が開かれています。あるとき、職員が「歩道に車が違法駐車している場合、盲導犬は賢く車道に出て回避し、また歩道に戻ります」と説明していました。

その話を聞いて、私は「むしろ、視覚障がい者にとって違法駐車がいかに危険であるかを伝えるべきではないか」と感じました。

また、それまで見学会ではユーザーが語る場面はありませんでしたが、「視覚障がい者の生の声を届けることが大切」と申し出て、以後はユーザーが登壇して話すようになりました。

学校などでの啓発活動についても、ユーザー自身が出向いてこそ本来の目的を果たすのではと考え、積極的に申し出ました。

新しい盲導犬との「出発式」でも、先輩ユーザーが祝辞や体験談を語る時間を設けてもらうよう、提案しました。

交流研修会

毎年、開催地を変えて実施してきた「交流研修会」では、地元のユーザーやボランティアが中心となり、1年をかけて企画・運営に取り組みました。

この取り組みの中で、宿泊施設や交通機関を含む準備を通じて、市民への啓発活動も自然と実践されました。また、パネルディスカッションを通して、市民に盲導犬の現状を伝える機会も得られました。

協会のS第2代会長ご夫妻にも毎年出席いただき、ユーザーの声を直接聞いていただくことができました。

私は毎年、帰りの電車の中で「来年はどの地域にお願いしようか」と、すでに次の開催に思いを巡らせていました。

奈良では、皇室もご宿泊された奈良ホテルに10頭以上の盲導犬と共に宿泊しました。赤穂では牡蠣の収穫船の見学、黒部ではトロッコ列車や川の中の温泉体験など、どれも思い出深いものです。

準備の大変さはひとしおで、「もう二度と担当したくない」という声が漏れることもありましたが、滋賀で開催した際、担当のHさんは「二日間のプログラムを終え、参加者を見送った後、残ってくださったボランティアの方々と共に味わった達成感は忘れられない」と記念文集に綴っておられました。

コンサートや落語会

市民と共に楽しむイベントとして、コンサートや落語会も開催してきました。

音楽会を企画・準備してくださったユーザーのSさんのときには満席となり、遠方からの参加者も多く、「なぜここに?」という問いが自然と交わされました。

その問いに込められた答えは、ユーザーと盲導犬の関係、つつじの会や賛助会員、家族、友人たちの絆——すべてが1本の赤い糸でつながっているかのような、温かな空気に満ちた一日でした。

4.力を合わせて

私は関西盲導犬協会の評議員を務めていた際、紆余曲折を経ながらも、当時副会長であり2代目会長となられたS氏の推薦を受けて理事となりました。

つつじの会の代表として、また一視覚障がい者として、「受益者の立場にある者が理事を務める」ことに戸惑う声もあったかもしれません。訓練センターにおいても、訓練士や職員の間でさまざまな思いがあったのではないかと想像します。

私自身も、ユーザーの会の代表であると同時に、一人の視覚障がい者として思うところが多くあり、公私の立場や考え方、発言には、常に十分な配慮が求められました。それでも時に、個人的な感情が先立ってしまうこともありました。

そんななか、関西盲導犬協会をベースに制作された映画『クイール』(盲導犬クイールと訓練士・ユーザーを描いた作品)の撮影協力の依頼が、協会に寄せられました。訓練現場の職員たちの間でも、日常業務との両立が懸念され、心配の声も上がりましたが、最終的には協会として協力を決定しました。

この時点で、私はまだ一ユーザーに過ぎませんでした。

撮影が始まってみると、撮影現場に一般の人が見学に来たり、監督の求めるショットがなかなか撮れず、夜遅くまで撮影が続き、事務職員も残らざるを得ないような状況が生まれました。

そうした中で、つつじの会として、私から協会に対して「本来の業務が果たせない状況のなかで、もっとも不利益を被っているのはユーザーである」と意見を申し入れました。

これに対し、一部職員からは「業務に支障が出ている」との懸念も出されましたが、「今は協会として決定したことに基づいて全体で対応している。理事としてその判断に従ってほしい」との意見が返ってきました。

私は、映画『クイール』の原作テキストを見せてもらい、「視覚障がい者として気になる表現がないか」をチェックさせていただきました。テキストデータで読ませてもらった中で、以下のような点が気になりました。

場面1

ユーザーが目的地に到着し、息を荒く吐く。
訓練士:「どうでした?」
ユーザー:「早すぎる」
訓練士:「あのスピードが、人間が普通に歩く速さですよ」
→ 私から:盲導犬ユーザーに、健常者の歩くスピードをそのまま求めるのは適切ではありません。

場面2

訓練士が盲導犬の歴史を話しているとき、
訓練士:「Wさん、聞いてます?」
Wさん:「うん、寝てた」
訓練士:「ごめんごめん。目ぇ見えない人って、起きてるか寝てるか分かんないんだよね」
→ 私から:こんな風にバカにしたようなフレーズをなぜ入れる必要があるのでしょうか。

場面3

訓練士がユーザーの居室に入って一言、
訓練士:「見えなくても、電気(あかり)はつけてくださいよ」
→ 私から:私自身、トイレやお風呂に入る際、自分に必要なくてもスイッチを入れるよう心がけています。それでも、夕暮れ時など、気づかず暗くなってしまうこともあります。本人の状況に合わせるか、世間に合わせるかは考え方の問題です。
全体的に、「一般的な常識」が唯一の基準であるかのような表現に違和感を覚えました。


これらの意見については、少なくとも「声としては届いた」と聞いていますが、その後どう反映されたかは私には分かりません。

さて、関西盲導犬協会を支えるボランティアグループ「クイールの会」は、街頭募金やPR活動だけでなく、つつじの会の総会や行事にも積極的に協力・参加してくださいました。

その「クイールの会」の皆さんが、ユーザーの声をもとに立ち上げてくださったのが「ワンコートクラブ」です。盲導犬用のコートをユーザーの希望する色や柄で仕立てるこの活動では、ユーザーが布代のみを負担し、型紙からミシン縫い、ファスナー付けに至るまで、すべて手作業で作ってくださいました。

着替えが必要なこともあり、1頭につき何着もお願いしたこともあります。

つつじの会が翌年に10周年を迎える2005年、記念の研修・交流会を9月23日から25日まで京都で開催しました。

初日は研修会、中日は嵯峨野の散策と夕食を兼ねた懇親会、最終日は哲学の道の散策と保津川下りを企画しました。

この行事の準備にあたり、3日間にわたって盲導犬ユーザーのサポートをお願いするボランティアを広く募りました。既存のボランティアグループに頼るのではなく、京都在住の盲導犬ユーザー有志、「クイールの会」や「ワンコートクラブ」の皆さんと協力して、視覚障がい者への接し方や誘導方法(例:トイレへの誘導)を実践を交えながら学ぶ研修会を実施しました。各種マスコミにもご協力いただき、約70人の希望者が参加されました。

懇親会では、つつじの会からS会長へ感謝状を贈呈しました。また、中部盲導犬協会出身のユーザーの方々も愛知県や三重県から参加され、情報交換の場ともなりました。

保津川下りには42名が10数頭の盲導犬と共に参加し楽しまれました。一方、哲学の道方面に向かったグループは、ちょうどその日が「天神さんの日」で、混雑したバスに複数の盲導犬が同乗することになり、乗客から驚きや戸惑いの声があがってしまいました。

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