明日のために——盲導犬をめぐる制度・意識・社会構造を問い直す

はじめに

盲導犬は、視覚障がい者にとって自由な移動を支える大切なパートナーであり、その育成や使用には社会的な支援と理解が不可欠です。しかし近年、盲導犬ユーザーの数は減少傾向にあり、その背景には高齢化や技術進化だけでなく、制度的・社会的な複雑な要因が絡み合っています。
本稿では、盲導犬を取り巻く課題を多面的に整理し、視覚障がい者の移動の自由と自己決定を中心に据えた未来のあり方を考えます。

1.盲導犬ユーザーの減少、その背景とは

まず大きな要因として、高齢化が挙げられます。盲導犬使用者の年齢層が上昇するなか、体力的・心理的な負担から盲導犬との生活を継続できない人が増えています。加えて、AIナビゲーションや音声ガイド付きの白杖など、技術の進歩によって選択肢が広がり、盲導犬を選ばないケースも増えてきました。

また、社会的障壁として、今なお同伴拒否や無理解が存在します。「犬を連れているから」という理由で店舗や交通機関から排除される経験は、ユーザーにとって大きなストレスであり、使用意欲を削ぐ要因となっています。

さらに、制度の側にも問題があります。盲導犬は無償で貸与されるものの、医療費やフード代、補助具の費用は自己負担であるのが一般的です。市町村によって支援制度に格差があり、経済的な理由から盲導犬をあきらめる人も少なくありません。これは、寄付や支援が「育成」には向けられても、「使用者」に十分還元されていない制度的矛盾ともいえるでしょう。

2.訓練・支援体制の構造的課題

日本国内では十数の盲導犬訓練事業所が存在しますが、訓練内容や指導方針、フォローアップの体制には大きなばらつきがあります。多くの事業所は都市部に集中しており、地方の視覚障がい者にとっては、訓練やフォローアップを受けるだけでも長距離移動や宿泊を伴う大きな負担です。こうした環境は、盲導犬使用のハードルを高くしています。

また、使用者が訓練所を自由に選ぶことが困難な実情も問題です。「自分に合った訓練士」「近くで支援を受けたい」といったニーズがあるにもかかわらず、訓練事業所主導のシステムでは、使用者の選択権が制限されがちです。

これに対し、欧米諸国では「利用者中心主義」が制度に組み込まれています。複数の訓練機関から選べる仕組みや、リハビリ・歩行訓練士と連携した包括的な支援体制、公的保険による費用軽減など、利用者の自由と尊厳を尊重する体制が整っています。

3.「啓発活動」の構造的見直し

もう一つ見落とされがちな問題に、「啓発活動のあり方」があります。日本では盲導犬に関するイベントやキャンペーンで、「かわいさ」「けなげさ」「感動」が前面に出され、視覚障がい者本人の主体性や生き方が脇に置かれてしまう傾向があります。

このような構成は、寄付集めや関心喚起には有効かもしれませんが、本来伝えるべき「視覚障がい者が自らの意志で盲導犬を選び、共に生活する」ことの尊さや意義が伝わりにくくなります。使用者はしばしば「犬のそばにいる添え物」として扱われ、「声のない存在」として描かれてしまうのです。

今後は、視覚障がい者本人が語り手として前面に立ち、「なぜ盲導犬を選んだのか」「どう暮らしているのか」を社会に伝える啓発活動への転換が求められます。そのためには、使用者団体や当事者が啓発企画に参画し、教育・イベント・メディアにおける表現の主語を「人」に戻す必要があります。

4.「歩行訓練」との連携不足も再考を

日本では、白杖による歩行訓練と盲導犬訓練が制度上も運用上も分離されており、移行や連携の体制が不十分です。白杖を使って歩行訓練を受けた後、盲導犬使用へ進む場合、別制度・別機関で対応されることが多く、一貫性のある支援が受けにくいのが現状です。

欧米では、歩行訓練士と盲導犬訓練士が連携し、使用者の状態や希望に応じて段階的に支援を行う事例も多く見られます。日本でも、制度間の垣根を越えた横断的な連携体制の構築が急務です。

5.これからのために:構造転換への視点

盲導犬制度を「使う人」中心に組み替えていくには、以下のような方向性が求められます。

  • 利用者が自ら選び、関われる訓練・支援体制の構築
  • 地域密着型・フォローアップ重視の体制整備
  • 啓発活動の主語を「人」に戻し、当事者中心の発信へ
  • 白杖・リハビリとの連携による包括的な歩行支援
  • 経済的負担の軽減と地域格差の是正

おわりに

盲導犬をめぐる課題は、単に「犬」の問題ではありません。そこには、視覚障がい者がどのように生き、何を選び、どのように支えられるべきかという根本的な問いが横たわっています。
「かわいさ」や「感動」ではなく、「尊厳」と「自立」に光をあてる視点が、これからの制度や社会のあり方に必要です。
盲導犬との生活が、希望や自由への扉となるように。明日のために、今、私たちが見直すべきものは何か
——その問いを、多くの人と共有していきたいと願います。

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