盲導犬とともに旅してきた歩み
――拒まれた場所、支えてくれた人々、そして少しずつひらかれてきた道――
視覚障がいがあっても、自分の足で旅をしたい。
そんな願いをかなえてくれる心強いパートナーが盲導犬です。私自身、1980年代から盲導犬とともに旅を重ねてきましたが、行く先々で「入れません」と拒まれたり、「どうぞ」とあたたかく迎えられたり――さまざまな経験がありました。ここでは、盲導犬とともに旅してきたその歩みをいくつかご紹介したいと思います。
「責任者に聞いてみます」から始まるやりとり
2000年代前半、旅行のたびに宿泊先を探すのはひと苦労でした。希望の宿に問い合わせると、「初めてなので責任者に聞いてみます」と言われ、しばらく待ったあとに「他のお客さんの苦情が出ると困る」「犬を泊められる部屋がない」「衛生面が…」と断られることが少なくありませんでした。
2002年に施行された「身体障害者補助犬法」により、盲導犬の同伴は法律上の義務であると伝えても、それが現場で理解されていないことも多々ありました。
ひとつの宿からグループ全体がOKに
2008年、JTBで東北方面の旅行を相談した際、案内されたのが「温泉山荘D」。広大な敷地に数室のみという贅沢な宿でしたが、最初は「盲導犬はちょっと…」と難色を示されました。JTBの担当者が盲導犬協会とも連携し、法律や実績を説明してくれたことで、ようやく宿から「受け入れます」と返事をもらえました。
実際に宿を訪れた際は、犬の足をきれいに拭き、用意したシートの上に静かに伏せさせる様子をスタッフが見守り、「これなら大丈夫ですね」と納得されたようでした。
この宿での体験が好印象となり、その後、同じ系列の宮城県内の温泉宿がすべて盲導犬の受け入れを表明するようになりました。
添乗員のひと声で、旅はぐっと楽になる
2009年、阪急交通社のツアーに参加した際、担当のNさんという添乗員が、宿泊先や観光地に対し、積極的に盲導犬の受け入れを説明してくださったことがありました。
この経験がきっかけで、以降はツアーに申し込む際、こちらから細かくお願いしなくても、先方が過去の実績を踏まえ、スムーズに対応してくれるようになったのです。
日光東照宮では建物内への入場を断られたこともありましたが、その後に訪れた善光寺では、住職自らがガイドを申し出てくださり、盲導犬が待つ間は職員がついて見守ってくれました。寺の境内では、お弟子さんにあたるチベット僧と出会い、握手を交わすという思いがけない交流も生まれました。
世界遺産「白神山地」への挑戦
2011年、「白神山地へ行ってみたい」と話したところ、「自然保護区域なので動物は入れません」と制止されました。しかし、2004年に同じように拒否された盲導犬ユーザーの事例が公になったことで、行政や環境省が対応し、「盲導犬は例外的に受け入れ可能」と方針が示された経緯があることを再確認。再度の交渉を経て、ようやく訪問が実現しました。
白神山地の散策では、サポートスタッフが同行し、山道を避けて通れるルートを案内してくれました。引退間近だった盲導犬・ユニスも、しっかりと歩いてくれました。
旅先での思いがけないふれあい
利尻島・礼文島では、希少なアツモリソウを見に行った際、監視員から「動物は入れません」と止められましたが、ツアー客の方が「盲導犬ですよ」と声をかけてくださり、無事に花に触れることができました。
沖縄では、リスザルのいる施設や、西表島の由布島へ水牛車で渡る体験もしました。大きな水牛にも盲導犬はまったく動じません。
温泉と入浴――もう一つの壁
視覚障がい者にとって、温泉の利用は「どこに何があるのか」がわからないため、大浴場はとてもハードルが高いものです。多くの施設が大浴場しかない中、ユニットバスで済ませることも多くなります。
そんななか、ツアー添乗員や旅館スタッフが「一緒に入りましょう」と声をかけてくれて、誰もいない時間帯に露天風呂を使わせてもらったこともありました。
利尻島では閉館後の温泉を、松江では貸切風呂を「見えない人が安全に入れるように」と無料で提供してもらったこともあります。こうした配慮があると、「また行きたい」と心から思える旅になります。
盲導犬とともに安心して旅するために
盲導犬の排泄は、ビニール袋をつけて合図することで処理できます。ベランダがあれば外で済ませられますが、ない場合は踊り場やロビーを利用させてもらうこともあります。宿によっては避難口近くの部屋を選んでくれるところもあり、助かっています。
また、移動中や食事中も、盲導犬は静かに足元で待機しています。最近ではほとんどの交通機関が受け入れてくれますが、長時間の移動にはストレスもあります。フェリーの揺れで排泄出来ずじまいだったり、飛行機で気分を悪くしたこともありました。
それでも、食事の間も、露天風呂の間も、「しばらく待っててね」と言うと、大人しくシートの上で待っていてくれる存在は、まさに信頼できるパートナーです。
おわりに
盲導犬とともに旅をすることは、見えない私にとって、自由を取り戻すことでもあります。しかしそのためには、法律だけでは解決できない「人と人との理解」が不可欠です。
宿の方、添乗員さん、ツアー仲間――多くの方に支えられて、今も旅を楽しむことができています。これからも、「盲導犬だから無理です」と言われない社会を目指して、私自身ができることを続けていきたいと思います。