京都ハーネスの会について
京都ハーネスの会は、京都在住の盲導犬使用者と市民が一緒に活動する市民ボランティア団体です。
会員は、京都在住の盲導犬ユーザー有志(発足当初は10名ほど)、パピーウォーカー(PW)など盲導犬事業に関わるボランティア、そして、つつじの会10周年記念交流会をきっかけに参加した方々によって構成され、2006年3月に設立されました。
盲導犬を介して、視覚障がい者について広く市民の皆さまに知っていただくことを目的に、年に数回、さまざまな催しを企画・開催しています。
活動報告その1: 盲導犬と一緒に歩こう会
京都ハーネスの会の活動の柱の一つである「歩こう会」は、市民と盲導犬ユーザーが自然の中をともに歩きながら、交流と理解を深める取り組みです。
日常ではなかなか言葉を交わす機会のない視覚障がい者や盲導犬とのふれあいを通じて、参加者の間に自然な会話とあたたかなつながりが生まれます。
①宝ヶ池のんびり歩こう会
2007年5月の初め、春というより夏を思わせるような日差しの中、「宝ヶ池のんびり歩こう会」を開催しました。
ラジオや新聞で情報を知った市民の方々から参加申し込みが相次ぎ、最終的に55名の方にご参加いただきました。
一般市民とともに、盲導犬と歩く
参加者は4つの班に分かれ、それぞれ盲導犬ユーザー、白杖を使用する視覚障がい者、車いす利用者も加わって、宝ヶ池へ向かってゆっくりと歩きました。
歩みはのんびりと、談笑を交えながらの自然散策となり、新緑と小鳥のさえずりに癒されるひとときでした。
お子様連れのご家族もおられ、盲導犬ユーザーが「ハーネスを持ってみるかい?」と声をかけると、目を輝かせて体験するお子さんの姿も印象的でした。
「宝ヶ池に来るのは何年ぶりだろう」「昔、ボートに乗ったことがある」といった思い出話も飛び交い、参加者同士の温かな交流の場となりました。
訓練士の話と、ユニスくんのひとこま
昼食後には、盲導犬訓練士によるお話の時間を設けました。
訓練の様子や盲導犬ユーザーの日常について、具体的なエピソードを交えて語っていただき、参加者の理解も深まりました。
この日、私の盲導犬「ユニスくん」は、ビデオカメラを持って動き回る訓練士さんの姿に興味津々。何度も後ろを振り返る様子に、思わず笑みがこぼれました。
「ハーネス」って、どういう意味?
ある参加者から「“ハーネス”って何のことですか?」という質問を受けました。
私たちにとっては日常的な言葉でも、初めて接する方にはなじみが薄いことに改めて気づかされました。
実際にハーネスに触れてもらおうとしましたが、私から離れようとしないユニスの様子により、体験には至らず。しかし、こうしたやりとりそのものが、盲導犬を知ってもらうきっかけとなったように感じました。
②その他の歩こう会企画
京都ハーネスの会では、季節ごとにさまざまな地域への散策を行っています。
これまでには、宇治の茶畑での茶摘み体験や、奈良方面への歴史散策など、多様な内容で開催されてきました。
参加者は、自然や文化に触れながら、盲導犬ユーザーとともにゆったりとした時間を過ごし、世代を越えて交流を深めています。
この「歩こう会」は、盲導犬とユーザーに自然な形でふれあう貴重な機会であり、理解が芽生え、思いがつながる交流の場となっています。これからもこうした場を大切にしていきたいと考えています。
活動報告その2: 落語会(納涼会)
京都ハーネスの会では、桂福團治師匠のご厚意により、視覚障がい者施設「京都ライトハウス」を会場に「落語会」を開催しました。
視覚障害のある方だけでなく、「落語を聞きたい」「盲導犬に会ってみたい」といった理由で初めて京都ライトハウスを訪れる市民の方々にもご来場いただきました。
この落語会は初回開催以降、毎年納涼会として続き、2023年には第14回を迎えました。
福團治師匠と盲導犬ユーザーの“ふれあいトーク”
落語の開演前には、啓発活動の一環として、福團治師匠と盲導犬ユーザーによる15分程度のトークを行いました。
「街中で視覚障がい者を見かけたときは、“なにかお手伝いしましょうか?”とまず声をかけてほしい」といった、日常生活でのちょっとした接し方について、具体的な事例を交えて紹介しました。
また、福團治師匠とのやりとりも軽妙でした。
「そのコートは、どうして盲導犬に着せているんですか?」
「抜け毛を防ぐための配慮ですし、ファッションも意識しています」
「なるほど。それで犬は喜んでるんですか?」
「聞いたことはありませんが、オーダーメイドなので、きっと喜んでいると思います」
「そうですか、ワン・ダフルですな!」
こんなやりとりに、会場はすでに笑いに包まれました。
10頭の盲導犬も参加
当日は10頭の盲導犬が会場に同席。リラックスできるよう、前方にスペースを確保しましたが、後に「会場内に分散した方が、より多くの人の目に触れられたかもしれない」と反省もありました。
盲導犬たちの存在が、参加者の心を和ませる大きな役割を果たしてくれました。
手話落語という取り組み
この日の演目は三席。お囃子も生演奏で、会場は本格的な演芸場のような雰囲気となりました。
福團治師匠は、手話落語の先駆者としても知られています。かつて声が出なくなったご自身の経験、そして聴覚障害のあるお客様が周囲の笑いについていけず戸惑っていた姿をきっかけに、「聞こえない人にも楽しんでもらえる落語」を目指して手話落語の道を切り開かれました。
現在では全国に10数名の手話落語演者が活動しているとのこと。落語という文化の中でのバリアフリーへの取り組みにも、参加者は大きな関心を寄せていました。
「また来たい」の声に支えられて
会の終了後には、「またこうした催しがあればぜひ参加したい」「次回は家族と来たい」といった声が多数寄せられました。
盲導犬をきっかけに、視覚障がい者やその生活をより身近に感じてもらえること。このような文化イベントもまた、啓発の大切な場として、私たちの活動の一環を担っています。
この落語会は、「納涼会」として毎年開催し、2023年で第14回を迎えました。
落語の前には、30分程度のトーク時間を設け、視覚障害者の体験談や盲導犬についての話を共有する時間としています。
過去には、阪神・淡路大震災の際の盲導犬ユーザーの壮絶な体験、全盲の落語家・桂福点さんによる音楽パフォーマンスなど、心に残る話が数多くありました。
また、桂福團治師匠の人情噺に加え、桂文福師匠、そして途中失明で盲導犬ユーザー・桂文太師匠にもご出演いただき、多彩な顔ぶれで毎年趣向を凝らしてきました。
活動報告その3: パネルディスカッション「盲導犬と歩いて」
京都ハーネスの会では、盲導犬ユーザーの生の声を直接聞いていただくことを目的に、パネルディスカッション形式の交流イベント「盲導犬と歩いて」を開催しています。
この催しは、視覚障がい者とその生活、そして盲導犬について、多くの方々にリアルに知ってもらうための貴重な機会となっています。
見ることの不自由さに加えて、情報の不自由さ
パネルディスカッションでは、毎回テーマを設け、盲導犬ユーザーたちが自身の体験を語り合います。
例えば、
- 盲導犬と出会ったきっかけ
- 駅での移動や買い物での苦労
- 店舗や交通機関での受け入れ拒否の実体験
- 災害時の不安や備え
といった、日常生活の中で感じる不便や社会的課題について、率直な意見が交わされました。
視覚障害は「見えない」という身体的な不自由さに加え、「情報が届きにくい」「理解されにくい」という社会的な壁も存在します。
そのことを、参加者の方々が身近に感じ、受け止めてくださる場となっています。
盲導犬との出会いと別れ、そして次のパートナーへ
ある回では、長年連れ添った盲導犬との別れについて語られたユーザーの方がいらっしゃいました。
引退の時が近づくにつれて、“この子と歩けるのもあと少しなんだ”と実感し、一歩一歩が大切な時間に思えてきます」
涙ながらに語られたその言葉に、会場は静まりかえり、深い共感の空気に包まれました。
別れの悲しみを経て、再び新しい盲導犬との歩みを始める。その一歩一歩には、想像を超える覚悟と優しさが込められていることを、参加者は肌で感じ取られたようでした。
問いかけ続けることの大切さ
こうしたパネルディスカッションでは、視覚障がい者自身の言葉で“伝える”こと、そして参加者が“聴く”ことが、互いの理解を深める大きな一歩になると感じています。
何気ない日常の中で、「見えていない」ということを想像する。
「どう声をかければいいのか」「どう接すれば自然か」を考える。
その小さな問いかけの積み重ねが、まち全体のやさしさやアクセシビリティを育てていくのではないでしょうか。
活動報告その4: 修学旅行での取り組み
神奈川県藤沢市にある中学校から、「4人の生徒が京都ハーネスの会の存在を知り、ぜひ盲導犬ユーザーと一緒に行動してみたい」との問い合わせがあり、私たちはその希望を受けとめることにしました。
当日は京都駅を出発点として、二条城近くの場所をゴールに設定し、約1時間を目安に4組に分かれて移動しました。それぞれの組は、盲導犬ユーザーと晴眼者の会員、生徒1名で構成され、バスや地下鉄など、異なるルートをたどってゴールを目指しました。
信号を渡るときには、色が変わったことを知らせなければならないこと、目的の何号系統のバスが来たかを確認すること、階段やエスカレーターの場所を伝えること、バスや電車に乗る際には空席やつり革の位置を案内することなど、同行者として求められる配慮は多岐にわたります。また、盲導犬がどのように視覚障がい者をサポートしているのかを間近に見る機会でもありました。
慣れない環境の中で、生徒たちは戸惑いもあったかもしれませんが、これまで抱いていたイメージとは異なる発見が数多くあったのではないかと思います。
活動報告その5: ライトハウス祭りで
京都ライトハウスの「ライトハウス祭り」では、京都ハーネスの会が「盲導犬コーナー」を担当しました。盲導犬ユーザーが会場に待機し、来場者のうち盲導犬に関心をもつ方には、直接ユーザーが質問に答える形をとりました。
小さな子どもたちは、まず「犬に触ってみたい」という思いが強く、リラックスしている盲導犬に、短時間ではありますが触れてもらうよう配慮しました。また、盲導犬への理解を深めてもらうために、「もうどうけんって!」というチラシを作成し、来場者に配布しました。
さらに、関西盲導犬協会から訓練士にも来ていただき、視覚障がい者の方を対象に「ハーネスを持って歩く」体験を短時間ながら提供しました。
おわりに
「京都ハーネスの会」は、京都在住の盲導犬ユーザーと市民ボランティアが共に手を携え、理解とふれあいの場をつくることを目的に活動してきました。視覚障がい者と盲導犬が地域で安心して暮らし、移動できる環境を目指して、市民の皆さんとともに歩んだ年月でした。
なかでも「あるこう会」では、京都の町を一緒に歩きながら、自然なかたちでの交流を重ねてきました。茶摘み体験や奈良散策などの遠出、京の町家見学、そして市電保存館での催しなど、多彩な企画を通じて、視覚障がい者と晴眼者が対等な関係で関わる楽しさを分かち合うことができました。
また、福團治師匠の協力による落語会は、盲導犬や視覚障がいへの理解を広げる貴重な機会となりました。毎回、多くの市民や子どもたちが来場し、笑いと温かさに満ちた空間のなかで、自然なかたちで「見えないこと」への気づきを深めてくれました。
修学旅行の受け入れでは、若い世代が実際に盲導犬ユーザーと一緒に公共交通機関を利用する体験を行い、視覚障がい者への配慮や盲導犬の働きを自分の目と体で学びました。この体験が、これからの社会を担う人たちの心に小さな種をまいてくれたことを願っています。
さらに、ライトハウス祭りの盲導犬コーナーでは、盲導犬ユーザーが来場者と直接対話する場を設け、「もうどうけんって!」というチラシも配布しました。訓練士によるハーネス歩行体験も実施し、視覚障がいと盲導犬について、より実感を伴った理解が得られるよう工夫を重ねました。
活動のたびに、会のロゴが入った黄色いTシャツを身につけ、町の中や催しの場を元気に動き回る姿は、私たちの「思い」を象徴するものでした。
しかし、年月とともに盲導犬ユーザーの高齢化が進み、会員数も減少しました。2023年の落語会を最後に、「京都ハーネスの会」としての活動を一区切りとすることになりました。
これまで多くの方々との出会いと支えがありました。福團治師匠をはじめ、さまざまな場面でご協力・ご参加いただいたすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。
私たちが大切にしてきた、「共に歩く」「自然に関わる」「理解を育てる」という思いが、どこかで誰かの心に残り、新たな形となって引き継がれていくことを願ってやみません。